英国ロイヤル・バレエ団 シネマ《マノン》

2024年4月5日〜本日4月11日まで英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2023/24の第4弾、ケネス・マクミラン《マノン》が上演されました。

マクミランの数ある傑作の中のひとつですが、イギリスでは14歳以上の鑑賞が推奨されていますので、保護者の方は事前に要内容確認のバレエです。マクミランの作品はマイヤリングやその他小品のいくつかなど、お子さんには向かない作品があります。

今回シネマで上映されたのは、2024年2月7日(水)ソワレに行われた公演の録画です。
↓トレイラーはサラ&ワディムで今回上映されるナタリア&リースとはタイプが違いすぎてこれではピンときません。

目次

クレジット

【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】ジュール・マスネ
【編曲】マーティン・イェーツ
(選曲:レイトン・ルーカス、協力 ヒルダ・ゴーント)
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【照明デザイン】ジャコポ・パンターニ
【ステージング】ラウラ・モレ―ラ
【リハーサル監督】クリストファー・サウンダース
【レペティトゥール】ディアドラ・チャップマン、ヘレン・クローフォード
【プリンシパル指導】アレクサンドル・アグジャノフ、リアン・ベンジャミン、アレッサンドラ・フェリ、エドワード・ワトソン、ゼナイダ・ヤノウスキー
【コンサートマスター】セルゲィ・レヴィティン
【指揮】クン・ケッセルズ
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団 

【上映時間】3時間11分

キャスト

マノン
ナタリア・オシポワ
デ・グリュー
リース・クラーク
レスコー
アレクサンダー・キャンベル
ムッシュG.M.
ギャリー・エイヴィス
レスコーの愛人
マヤラ・マグリ
マダム
エリザベス・マクゴリアン
看守
ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド
ベガー・チーフ(物乞いの頭)
中尾太亮
高級娼婦
崔由姫
メリッサ・ハミルトン
前田紗江
アメリア・タウンゼント
三人の紳士
アクリ瑠嘉
カルヴィン・リチャードソン
ジョセフ・シセンズ
娼館の客
ハリー・チャーチス
デヴィッド・ドネリー
ジャコモ・ロヴェロ
クリストファー・サウンダース
トーマス・ホワイトヘッド
老紳士
フィリップ・モーズリー
娼婦、宿屋、洗濯女、女優、物乞い、街の人々、ねずみ捕り、召使、護衛、下男
ロイヤル・バレエのアーティスト

どんな作品?

鑑賞レポ(一部パリオペ来日公演についても)

ナタリアのマノン、リースのデ・グリュー、私が公演でチケットを予約するとしたら優先度が最も低くなるキャスト。なんでウィリアムとヤスミンの《マノン》じゃないのーーーとシネマのプロジェクトには感謝しつつキャスティングに大いにクレームをつけたい。もちろん私のただの好みですけど…

ナタリアのマノン、技術的に完璧、演技も非常に良かったです。リースのデ・グリューもテクニック的には悪くなかったです。ただ、マノンという作品で私が見たいのはマノンとデ・グリューの関係性や心理の機微なので、2人の《マノン》はステレオタイプで、ナタリアはともかくリースのデ・グリュー像はなんだかさっぱり、でした。彼はロイヤルでどんなダンサーを目指しているんだか。

今年の来日公演でパリ・オペラ座のマノンは2キャスト観たのですが、ドロテ&ユーゴのマノンの感じに近いかも。マノンはパリに来た時から、すでに打算が透けて見える大人の女性で、デ・グリューは地方から出てきたばかりの神学生だというのにやけに堂々とした女たらし。2人のドラマに共感しきれず、素晴らしく上手で豪華なバレエを観た、という感動でした。

一方、リュドミラ&マルクでは若く無垢な2人が出会ってからの喜び、打算、嫉妬、独占欲、怒り、誠実、絶望、無償の愛…とあらゆる感情を繊細かつ多層的に表現していて、2人の行く末がわかっているのにハラハラドキドキと1、2幕を見守り、3幕では2人と一緒に絶望の淵から落とされるような悲しみの感情と微かに安堵を味わいました。

《マノン》の上演50周年という記念のCINEMAになんでこのキャスト、と繰り返し思いますが、大人の事情があるのでしょう。今回ステージングを担当したラウラ・モレーラがMCのダーシー・バッセルのインタビューで、唐突感ありつつはっきりとウィリアム・ブレイスウェルの素晴らしいデ・グリューに言及したように、ロイヤル・バレエの中でも「?」なんじゃないでしょうか。

主役については目新しいところがなかったので、他のキャストについて。先月引退したアレクサンダー・キャンベルのレスコーがとても良かったですね〜。振りがつま先までビシっと行き届いて、ロイヤルダンサーらしい美しいバレエを見せてくれました。

妹や恋人であっても金儲けの道具にしか考えていない、という当時の社会に間違いなく実在したであろう人物像をはっきりと打ち出しているのも最近では新鮮で、アレックスの役を掴んだドラマティックな表現に心が躍りました。最近のレスコーは愛しているけど金儲けもしてくれよ、みたいな傾向が多いですから。そんな甘っちょろくないですものね、当時は。

そのレスコーの恋人のマヤラ・マグリはもちろん、プリンシパルのバレエを華やかに伸びやかに観せてくれました。マヤラは奔放な娼婦というよりも庇護のもとにいる弱い女性を演じていたことがとても印象的で、アレックス=レスコーによく合っていましたし、大変魅力的なアプローチでした。

キャスティングでびっくりしたのが、ルーカス・B・ブレンツロドが看守をしたことです。ルーカスはキャラクター・アーティストになりたい希望があるんでしょうか。本人の希望ならいいですが、そうでなかったとしたらこのキャスティングはミスキャストとしか思えません。

看守としてのルーカスの演技に非があるということではなく、これほどの悪役を将来有望なダンサーに課すものではないと思うからです。本人の希望であって欲しいですが、こんなに若いダンサーが看守役を希望するだろうか…とも考え、私には観ていて痛々しかったですし、「なんでルーカス???」という疑問しか感じない場面になりました。

他には、ベガー・チーフの中尾太亮くんは軽々としたジャンプとシャープでクリアな身のこなし、紳士のカルヴィン・リチャードソンはクリーンでエレガント、ラインの美しいバレエで目を惹かれました。

エリザベス・マクゴリアンのマダムは上品すぎる気もしますが、やはり彼女やムッシューG.M.のギャリー・エイヴィス、娼館の客のクリストファー・サウンダースやトーマス・ホワイトヘッドたちの演技力と存在感。舞台が随所でキリッと引き締まります。

私にとって今回は折々に没入しきれない部分がありましたが、さすがロイヤル・バレエの《マノン》、ゴージャスで重厚な公演で、早くも《マノン》をまた観たくなりました。

目次