初演から50周年 ケネス・マクミラン《マノン》ってどんな作品?

英国ロイヤルバレエの振付家ケネス・マクミラン制作による、全3幕、1974年初演のドラマティック・バレエの最高峰のひとつです。

原作はアベ・プレヴォーのフランス小説『マノン・レスコー』、18世紀のパリが舞台で当時の格差社会、庶民の貧しさを背景に、愛しいマノンを追い続けたデ・グリューの恋愛を回想で綴ったもの。バレエはダイジェストですから原作を読むと腑に落ちることなど多くバレエの見方も変わるかもしれません。

目次

作品概要

振付:ケネス・マクミラン 
音楽:ジュール・マスネ
編曲:マーティン・イェーツ(選曲:レイトン・ルーカス、協力:ヒルダ・ゴーント)
美術:ニコラス・ジョージアディス

あらすじ

NBS日本舞台芸術振興会Webサイトより「あらすじ」

修道院に入る予定のマノンと若い学生デ・グリューは出会ってすぐに恋に落ちる。一方、金に目がくらむマノンの兄レスコーは彼女に惚れ込む老紳士や、金持ちのムッシューG.M.に妹の身柄を売りつけてしまう。パリの下宿で逢瀬を交わす恋人たち。マノンは彼が不在の間に兄が連れてきたムッシューG.M.の誘いを思わず受けてしまうのだが、富の誘惑とデ・グリューへの愛の板挟みとなる。宴の場でデ・グリューは、ムッシューG.M.にカードのいかさまを仕掛け彼女を連れ去るが、警察とともに二人のもとに現れたムッシューG.M.によってマノンは売春の罪で逮捕、レスコーは殺されてしまう。アメリカへ流刑されるマノン。夫と偽りデ・グリューは追いかけるが恋人たちの行く末は…。

マクミランといえば、制作年度順に《ロミオとジュリエット》《マノン》《マイヤリング(うたかたの恋)》などがあります。どれも天才的で独創力に溢れた最高難度のテクニックと高度な演技力を要するバレエで、妖精も精霊も登場しません。ダンサーにとっても、どれもチャレンジングな憧れの作品でしょう。

ロミジュリ→マノン→マイヤリングと、順にダークで悲劇的で大人なストーリーになっていきます。マノンやマイヤリングの鑑賞デビューを果たしていない方は、ロミジュリが素敵と思うなら、是非ネクストステップのマノンに進んで下さい!

音楽

マクミランの《マノン》の音楽は、洗練された甘さと官能を感じさせる一方で、胸を掴まれる悲しみにも満ちていて、テーマと振付と選曲の融合性、巧みさが見事です。

マスネのオペラ「マノン」のように作曲家が全編を通して意図した音楽ではなく、マクミラン制作時にダンス音楽家のレイトン・ルーカスと彼のアシスタントのヒルダ・ゴーントが、マスネ作品全体からピックアップしたパッチワークのような作品なのに、です。

初心者の方へ 見どころ


私のベスト・マノンはシルヴィ・ギエムです。シルヴィは現代の観客が共感できる役作りをするので、物語に没入できます。とはいえ他のダンサーでもさまざまに大変な魅力がある作品なので、シルヴィのマノンに触れつつ見どころを紹介したいと思います。

まずは、マノンの登場シーンとマノンとデ・グリューが踊る4つのパ・ド・ドゥに注目してみましょう。

第1幕 マノンのエントランス

18世紀パリ。初めて都会に降り立つマノンはこの場面でまもなくムッシューG.M.(好色な老富豪)をレスコーに紹介されます。シルヴィ=マノンは初めて会うムッシューG.M.に直感的反射的に恐怖を感じています。一瞬の身の凍るような恐怖感をさりげなく、しかしはっきりとそう見せることで、この作品の悲劇性が極限まで高められ、私などはこの時点から辛くて泣きたくなります。マノンの置かれた立場が示される重要な場面。

↓マリアネラ=マノンは戸惑いを隠せない様子。でもまだ都会に来た高揚感に包まれていて、無邪気で、世間知らずなお嬢さんですね。忍び寄る不幸も明るく振り払っています。原作のマノンに近いと思います。

第1幕 出会いのパ・ド・ドゥ

1つめのパ・ド・ドゥ。マノンとデ・グリューが初めて会って恋に落ちる場面。
このパ・ド・ドゥの甘美な美しさといったら!エレジーで有名なこの曲がマクミランの優雅で流れるような振付とこれ以上なくマッチして、何度観ても時を忘れてうっとりします。

最後、デ・グリューが高く高くマノンをアラベスク・リフトしてステージを駆け抜け、マノンを素早く下ろし、背中を向けたデ・グリューにマノンが後ろから腕を回して抱きついて終わりますが、2人の歓喜の胸の高鳴りを素晴らしく上手く表現する振付です。

最後のポーズは4つのパ・ド・ドゥでそれぞれ少しづつ異なり、マノンとデ・グリューの時間の経過とともに変化する関係性を示していて、意匠を凝らしたマクミランの意図に心が躍ります。


↓デ・グリューのソロに続いてPDDは3:40くらいから
サラとワディムの上質でエレガント、抑制された美しさがこの後の展開を期待させます。

第1幕 寝室のパ・ド・ドゥ

まだ第一幕なのに、これでもかとマノンとデ・グリューが2つめのパ・ド・ドゥを踊ります。
駆け落ちをした2人は幸せな日々を送ります。恋人たちが戯れている様子を、こんなに伸びやかに晴れやかにバレエで表現できるなんて…どの瞬間を切り取っても一目でマノンとわかる独創的な振付の連続です。

↓アレッサンドラ&イレクの貴重な映像。マクミランのミューズ=アレッサンドラのマノンは可愛くてしなやかで官能的、生き生きとした魅力に溢れています。でもちょっと目を離したら飛び立ってしまう小鳥のような危うさも。2人の最も幸せな瞬間を鮮烈に表現しています。

第2幕 ブレスレットのパ・ド・ドゥ

寝室のPDDの後、愛はあっても貧しさに嫌気がさしたマノンは、欲深く妹を金稼ぎの道具にしている兄レスコーに唆されてムッシューG.M.の愛人になり、デ・グリューから離れてしまいます。

2幕は高級娼館での敗退的で豪華な饗宴の場面からスタート、そこへマノンを忘れられないデ・グリューがやってきて、僕と一緒に生きてくれと懇願しにやってきます。マノンはデ・グリューは好きだけど貧しいのは嫌なので、ムッシューG.M.からお金を巻き上げて逃げよう、と現代なら安易すぎる提案をします。

デ・グリューもマノンの愛を得ることに夢中すぎてその提案に乗りますが、案の定バレて、まさに逃げようとしている場面がブレスレットのパ・ド・ドゥです。

馬鹿なことをしてしまったという後悔がありつつ、急いで逃亡の荷造りをしようとするデ・グリューに、贅沢な暮らしを経て更に魅力を増したマノンが「これからは2人っきりで幸せに暮らすのよ〜」とばかりにデ・グリューを蕩かせますが、右手にはゴージャスなブレスレットが煌めいたまま。

マノンは素敵でしょう、とブレスレットを見せびらかします。デ・グリューはブレスレットを外させようとしますがマノンは応じません。まだデ・グリューへの愛よりブレスレット(富と枷の象徴)への気持ちが強いことがうかがえます。

そこでデ・グリューが無理やりブレスレットを取り去ると、マノンが「はっ」とデ・グリューの深い愛?(デ・グリューにより異なる!)に気付きます。最後、デ・グリューは「そんなに贅沢が好きならもう知らない!」というようにマノンを突き放しますが、その一瞬後には「おお!許して!!」と愛おしくマノンを抱き上げ終わります。

マノンの4つのパ・ド・ドゥの中でも、愛憎ないまぜのシーンで表現が一番難しいと思います。そのせいで役柄をよくよく作り込んできてくれないと、退屈になってしまいます。

特にシルヴィの演技が秀悦でここだけを切り取ると、バレエのテクニックと表現力の両面からこれを超えるダンサーがいない、と今のところいつも感じます。

シルヴィのマノンはバレエにおけるステレオタイプの享楽的で美しい犠牲者ではなく、愛も贅沢な暮らしも両方を手に入れたい、という強い意志を持った女性に見えます。それだけにシルヴィ=マノンが最後に純粋に愛を選んだことへの共感、それが為に伴う後の悲劇が現代を生きる私たちの胸を打つのだと思います。

↓自由を束縛する刑具・邪魔物の象徴である豪華なブレスレットをマノンは外さないわけですが、シルヴィ=マノンはこの重要なキーであるブレスレットをさも愛おしく眺めたり、まるで鎖で繋がれて吊り下げられていていることに喜びを感じているように踊り、不幸の象徴だというのに一瞬たりとも目と心から離さないのです。

このパ・ド・ドゥの後、ムッシューG.M.が警官隊とレスコーを引っ立てながら乗り込んできて、レスコーはその場で射殺され、マノンは捕らえられます。

第3幕 沼地のパ・ド・ドゥ

流刑でアメリカのニューオリンズに降り立つマノンは長旅で病気になりますが、その傍には彼女の夫と身分を偽ったデ・グリューがいます。それでも刑務所に収監されたマノンは好色な看守に目をつけられ、陵辱されてしまいます。

デ・グリューは看守を刺し殺し、2人はルイジアナ沼地に逃げ込みますが、デ・グリューの腕の中でマノンは息絶えます。

最後の沼地のパ・ド・ドゥは〈マノン〉最大の見どころです。病気と収監生活で瀕死のマノンがデ・グリューと壮絶で美しい、危険と紙一重の非常にアクロバティックでスリリングな振り付けのパ・ド・ドゥを踊って幕が降ります。

シルヴィが続いちゃってますけど、やはり私としてはこれを紹介しないわけにはいきません。何度繰り返し見ても、ここだけ切り取ってみても、切なさに涙が迫り上がってきます。途中2回ほど画像が乱れます。ジョナサンのデ・グリューもとてもいい。

もうひとつ、10年前に撮影されたマリアネラ・ヌニェスとフェデリコ・ボネッリのリハーサルを紹介します。コーチはアレクサンダー・アガジャノフとケビン・オヘアです。

この最高難度の美しいパ・ド・ドゥを仕上げるプロセスを見ることができる貴重な映像です。ケイト・シップウェイのドラマティックなピアノ演奏も必聴です!

まとめ

嬉しいことに今年はすでにパリ・オペラ座バレエの来日公演、英国ロイヤル・バレエのシネマ(2024/4/5〜4/11上映)でマノンを観る機会がありましたが、観客の入りに勢いがあるとは言えませんでした。

大人向けのドラマティック・バレエは観ればきっとハマる方は多いはず。
まだご覧になったことがない方はYouTubeの映像からお試しになって、いつか劇場で〈マノン〉を堪能してみて下さい!!

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